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サリュート

トランプ氏の大統領令により、多くのイスラム圏の方が、アメリカに入国できず、大混乱になっています。
グリーンカードや正式なビザを持っている人も入国できなかったそうです。

先日テレビで「ピーター ノーマン氏」のことを報じていました。

1968年メキシコオリンピック、男子陸上200メートル決勝で、一位と三位になったアメリカの黒人選手が、表彰台で、黒い手袋をはめたこぶしを突き上げ、人種差別に抗議する黒人公民権運動の象徴であるブラックパワー・サリュートと呼ばれる敬礼をしました。
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私も何となく記憶にあります。

当時のアメリカは酷い人種差別政策で、差別しておきながら、メダルの数を増やすためには黒人選手を利用するやり方への抗議行動でした。
これによって、この二人の選手は、オリンピックから永久追放され、迫害にあいます。
奥さんが自殺をしたり、お母さんが殺されたり・・・

彼らの名誉が回復されたのは随分後のことでした。

しかし、こぶしも突き上げず、黒い手袋もしていない2位の白人選手こそ、この後過酷な生涯をおくることになるのです。

彼はオーストラリアの選手でしたが、白豪主義のオーストラリアに白人として暮らしながらも、敬虔なクリスチャンの両親に、「肌の色や生まれた場所で人を差別してはいけない」と育てられました。

彼らの行動に賛同したピーターは、彼らと同じバッジ(人権を求めるオリンピックプロジェクト)を左胸につけて、表彰台に上りました。

初めてのメダルに大興奮していたオーストラリア人でしたが、この行為により、彼はオーストラリアの英雄から、裏切り者へ転落してしまいました。
空港に迎えはなく、近所からも無視され、オーストラリアの記録を何度も書き換え、オリンピック選考タイムを常に超えていたのにもかかわらず、次のミュンヘンオリンピックヘは出場させてもらえませんでした。

オーストラリアの中では彼は「いなかった人間」として扱われます。
酷い迫害によって、家庭も崩壊します。

彼の名誉を回復しようと、彼の甥が映画監督になり、叔父の壮絶な人生を「サリュート」という映画で描きました。
これは、大変な話題となり、2012年、オーストラリアの議会は正式にピーターに謝罪しました。

しかしピーターはこの映画を見ることも、謝罪の言葉を聞くこともなく、その数年前に亡くなっていました。

なにやら、ずらずらと書きましたが、今日のニュースを見ながら、ピーター氏のことを思い出していました。

歴史の流れが逆行していくような、不気味さを感じます。

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