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2015年6月

しばらく

本当に可愛い子でした。

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Huyunohuubutsusi

二人でいたら、寂しくないね。

マイちゃんがきっと守ってくれる。

だけど、おかあしゃんに言っていたようなわがままをマイちゃんに言っちゃダメだよ。

いずれおかあしゃんも二人のそばに行きます。

それまでしばらくのバイバイだね。




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クーとの相性です。

クーを失って10日。 

毎日ますます強くなる思いがあります。

それは、私とクーは余りにも相性が良すぎたこと。
つぶやきにも書いたことなのですが。

ワンコと飼い主だから相性が良くて当たり前なのでしょうが(笑)

私はクーに憤ることがなかった。

揚げ物をしている台所に入ってきたとき「危ないからあっち行ってなさい」と言ったり、お薬を飲まないのを怒ったことはあるけれど、クーそのものに大きな声を出したり、腹を立てたりということは一度もありませんでした。

クーも完全な分離不安。

赤ちゃんの頃から、おかあしゃんがいなければ過ごせなかった。
私がいないといつもいつも玄関で待っていました。
どれだけ夫や母が可愛がっても、クーの目線の先には私しかいませんでした。

特に晩年は夫や息子でもダメでした。

本当はダメなことなのだろうけど、私は一度としてそれを困ったとか、直そうと思ったことはありませんでした。
そんなクーが可愛くて愛おしくて。

クーが一歳くらいのことです。
我が家の台所をリフォームすることになり、工事が入る日中、実家にマイクーを預けました。
母はものすごくマイクーを可愛がっています。

マイクーをリビング(実家のリビングは二階にあります)に置いて、リビングのドアを閉めて私が帰ろうとしたとき、クーがダッシュしてリビングの反対にある洗面所のドアから回り込んで階段を駆け下りてきたんです。

その時、いつかクーと別れる時が来たら、私はこのシーンを思い出すだろうなと思ったんです。

だから、旅行に行けなくても、最後映画にも芝居にも行けなくても、友達との付き合いが極端に減っても全然苦痛じゃなかった。

私とクーの間には一μもの隔たりがなく、髪の毛一筋もの否定的要素がありませんでした。

マイクーを飼って思うんです。

マイにもクーにも愛情はイーブンでした。

それは、天に誓って言えます。

ただ、相性という点で、クーとは運命的なほどあってしまいました。

「ワンコがいない生活は考えられないでしょう?」とか「次の子はどうするの?」とよく言っていただきます。

ワンコがいない生活は確かにさびしいです。でも、たとえ私がこれから先100頭、1000頭のワンコと出会ったとしても、クーほど相性の良い子はいないと誓って言えるんです。

それに、もし新しい子が来たら、常にクーと比較してしまうからその子も不幸でしょう?

だから、私はもう絶対にワンコは飼いません(目の前で倒れている子がいたら助けるだろうけど)。

クーと言うワンコを失った寂しさや、心の穴を、他のワンコで埋めることは絶対にできないんです。

クーは私にとってほんとうのオンリーワンだったし、クーにとっても私がオンリーワンだったから!

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エピローグ

6月13日、多分9時半ごろ、クーが昇天しました。
12日の金曜日、朝ずっと様子を見ていたのですが、いつにないほど足を動かしていました。
私は単純に意識が戻ってきたのかなあ~~なんて思っていたのですが、おしっこが出ません。
点滴をしているから、いつもなら私がいる間に三回くらいおしっこをしてシートを代えてもらうんです。
たまたま、午前中は、担当の先生もいらっしゃらなくて、なんとなく気になりながらも家に帰り、仕事に行って、5:30に早退し、病院に行きました。

そしたら、やはりまだおしっこが出ていなくて、すぐにエコーをかけてもらったら、膀胱にはたまっているからとカテーテルで抜いてもらいました。

朝とお昼はお水も流動食も食べたそうなのですが、夜はお水だけで、ご飯を食べようとしません。
念のため血糖値を計ったら、700越え!!!
多分、おしっこも食欲がないのもこのせいでしょうと言われ、入院して初めてインスリンを打たれました。

この時点で私は、高血糖が原因だったら、下げれば大丈夫!とちょっと安心しました。
ただ、父の時もそうでしたが、もう血管が腫れて注射針が入らないんです。

それを見ながら
「日曜日に退院できたら、もう病院に連れてくるのはやめよう。これ以上、何の治療もやめてもらおう。どっちみちそんなに長く生きられないのだろうから、仕事も日本語もお休みをもらって、ずっと家にいよう」と思いました。

重た~~い気持ちのまま、家に帰りました。
なんだか胸騒ぎがして、5時ごろまで眠れませんでした。

朝、9時ちょうどに病院から電話がありました。
その瞬間私は「良くないことが起こったんだ」と判断しました。

「黄疸が出て、呼吸が浅くなっています。至急いらしてください」

ぶっとんで駆けつけました。
その時は酸素室に入れられ、息をしていました。
「これ以上やっていだだけることはあるのでしょうか?」と聞くと、横に首を振る獣医さん。
「なら、すぐに連れて帰ります」
「そのほうが良いと思います」

タオルでくるんでもらい「クーちゃん、おうちに帰ろうね」と言いながら、獣医さんがタクシーを拾ってくれて、それに乗り込みました。

病院から家までタクシーだったら5分位です。
家に入って、クーの布団に寝かせたとき、もう息はありませんでした。

タクシーの中か、家に入った瞬間か・・・
クーは待っててくれたんだね。
おかあしゃんが迎えに行くのを。
そして「おうちに帰ろう」って抱っこした瞬間に安心して召されたんだね。

母やご近所の友達が来てくれました。
クーの顔はとっても穏やかで、目も可愛らしくあいていて、本当に本当に可愛かったです。

午後、獣医さんに連れて行って、お浄めをしていただきました。
(マイの時は来てくださったんだけど、ちょっとあの病院も人手不足なんだな)

クッシング、糖尿病と言う大病を患い、どちらも劇薬のアドレスタン、インスリンをつかい、きっと小さい小さいクーの体はぎりぎりだったのでしょう。
そこへ大きな発作。
「本当によく頑張って長生きしましたね」と言っていただきました。

たまたま数日前に獣医さんと話していて、小さいトイプードルはどうしても無理に無理に小さく作っているから、体への負担が大きい。

スタンダードのプードルは大型犬で、その後つくられたトイプーも10キロ前後あったそうです。
それが、小さいのが可愛いということで、どんどん改良(改悪)してこのサイズになった。
もっと小さいティーカップってのもいたね。

例えばドイツだとジャーマンシェパード、イギリスだとオールドイングリッシュなんとか(ドクター倫太郎の犬)、フランスだとフレンチブルドックといった、国が伝統に責任を持って守っている犬の文化があるけれど、日本にはそれがない。

日本人のエゴで(まあ住宅事情もあるけれど)、小さい=かわいいということで、無理な改良をする。獣医先進国のアメリカの獣医さんたちが「私たちにはこんなに小さい犬の治療はできない」と言われるそうです。

私が行った歯医者さんでも、同様のことを聞かされました。
彼のチワワちゃんはマイと同時期に亡くなっています。
クーの話をすると「チワワでもトイプーでも、日本人が勝手に小さく作ってるんだよ。だから無理があるんだよね。本当に人間は勝手だよね」って。

クーの骨は細細で、肋骨なんて、つまようじより細かった。
頭蓋骨も、まったく紙くらいの薄さしかありませんでした。
斎場の方に言われました。
「トイプードルは無理に無理に小さくしているから、みんなこういう骨なんですよ。同じ小型でも、もともと小さいシーズーやマルチーズはもっとしっかりしているんですよね」

私も今まで考えたことがなかったけど、こんな無理なことしちゃいけないよね。
残酷だよね。
確かに小さい子は可愛いです。
でも、そういうトイプーを買うということは、いずれ飼い主もワンコも大変な思いをするんだな。

友達のトイプーは規格外で、処分されるところを彼女が引き取りました。
10キロ近くあって、でっかいんだけど、ものすごく健康です。

色々と思い知らされたことでした。
もちろん、個体差があるから、小さくても元気で天寿全うできるこも多いでしょう。

私のワンコ飼い人生はこれで終わりです。
もう飼うことはありません。

マイが6月14日、クーが13日。
同じく第二土曜日の時間も午前9時ごろ。

マイ、一年間よく待ってくれたね!
クーちゃんのことよろしくね。

また牧師先生に来ていただいて、お祈りをしていただきました。

主よ、あなたの慈しみは天に 
あなたのまことは大空に満ちている 
めぐみのみわざは神の山々のよう 
あなたの裁きは、大いなる深淵(しんえん) 

主よ あなたは人をも獣をもすくわれる 
神よ いつくしみはいかに尊いか
あなたのつばさのかげに、人の子らは身を寄せ 
あなたの家にしたたるめぐみにうるおい 
あなたの甘美な流れにかわきをいやす 
命の泉はあなたにあり、あなたの光に私たちは光を見る。 
詩編36章6節より 

ちっちゃいちっちゃいお骨になってクーは大好きだったおうちに帰ってきました。

もう、どこにもいかなくていいんだよ。


クーを可愛がっていだだき、愛していただいて本当にありがとうございました。

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帰ってきました

小さな小さなお骨になって帰ってきました。

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クーが昇天しました

本日午前9時過ぎ、クーが昇天しました。

朝病院からの電話に駆け付けたときは、まだ息がありました。

連れて帰るタクシーの中か、家に入った瞬間かわかりませんが、布団の上に置いたときはもう呼吸が止まっていました。

私の手の中で見送れたことに感謝しています。

今まで可愛がってくださり愛してくださって本当にありがとうございました。

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おうちに帰ろう。

クーの調子がとても悪いです。

次から次へと色々な症状に苦しむクーを見ていると、自分の体を切り刻まれるような思いです。

腫れて血管が浮かないところに何度も注射針を入れられて、おしっこが出なくてカテーテルを入れられて。

もう充分だよ。日曜日おうちに帰ろう。そしたらお母しゃんがずっと抱っこしていてあげるから。

日曜日におうちに帰れるよう、今はそれだけを祈ってる。

もう少しだけ頑張ろうね!

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祝14年!

このサイト開設14年になりました!

皆様からのメッセージがとてもうれしいです。

最近はブログだけの更新となりましたが、細々と続けていこうと思います。

どうぞ遊びにいらしてくださいませ。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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クーの退院日が決まりました。

コメントやメールで、暖かいメッセージを頂き本当にありがとうございます。

クーは月曜日以降、ひたすら昏々と眠っています。
初日、体を動かしたのは、苦しくて身の置き所がなかったということなのでしょう。

確かに、ワンコは体調が悪いと寝てくれませんよね。

月曜日の夜から、シリンジでお水と液体の高栄養ドリンクを少しずつもらいました。
点滴はしているけれど、血糖値が高いクー、喉が渇くのでしょう。
ちゅぱちゅぱ飲みました。

それでお腹が張らなければOKです。

一日三回の、ドリンクタイムにペーストが加わりました。
おとといからは、器を口元に持っていくと自分で舐めるようになりました。
幸い、おなかの張りはなくなりました。

酸素室からも出られました!!!

足をバタバタしたり、鳴いたりはしますが、よんでも触っても反応がありません。

毎日、午前3時間、午後3時間病院に行って、クーに沢山話しかけているのに・・・
時々、むなしくて悲しくなります。

最初の発作の時に、脳に酸素が行かなくなって、低酸素脳症を起こしたのかもしれないとのこと。

今後はクーと意思疎通することはたぶんできないでしょう。
立ち上がったり、歩いたりすることもないでしょう。

日曜日に退院が決まりました。
家のにおいを嗅ぎ、家の音を聞き、私が毎日毎日なでなでする手の感触を感じてくれれば、可愛い「眠りじいさん」は穏やかな終末を過ごすことができると思います。

日本語、仕事を休むことも考えました。
でも、私が24時間、毎日毎日誰とも会わず、クーとばかり過ごすのは、よくない。
クーがいなくなったとき、私には何も残っていないのは、私自身の人生が悲しい。

仕事や日本語の時は病院で預かってくださることになりました。

給餌や、体の衛生、おなかの張りや、誤嚥の心配、それに色々な決まり事をするのは大変だけど、クーが帰ってくるのが嬉しくて仕方ありません。

こんな引きこもり私ですが、もしよろしければ、私とクーに会いに来てください!

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クーの急病です。

今朝、5時半ごろ、クーが起きだしました。
「もう少しねんねしようよ」と言って、もう一度布団に引っ張り込もうとしたとき、ものすごい勢いで嘔吐しました。
昨晩は元気で沢山食べたごはんがほとんど消化されていない状態です。

その後も、何度も何度も嘔吐します。
お水を飲んでも嘔吐。

この時点で私はちょうど一年前のあの悪夢のようだった急性膵炎を疑いました。
だけど、おなかが異常に膨れています。
昔流行った「つちのこ」そっくり。

これはおかしいと思ったけれど、獣医さんは9時から・・・
7時まで待って電話をしたのですが、留守電で、夜間早朝の病院を伝えられるだけでした。

初めての病院、どんな先生がいらっしゃるかわからないし、知らないところではクーにストレスがかかるのでは・・・それならあと2時間待って、いつもの病院に行こうか。

でも、明らかにクーの容態は悪いし・・・
近所のワンコ友達に電話しました(日曜日の早朝、迷惑な奴ですなあ・・・)
そしたら、彼女曰く「犬のおなかがぱんぱんというのは、重大な病気のことがあるから、救急病院に連れて行った方がいいよ」とのこと。
救急病院に電話をしたら、すぐに連れて来てくださいといわれ、碑文谷の病院に行ってきました。

小さい病院でしたが、若い獣医さんが3人いらっしゃってすぐに検査してくださいました。

結果は胃拡張。
「胃捻転寸前でした」って。
胃と腸にすごい量ガスがたまっていて、パンパンな状態だそうです。
お腹に針を刺して、ガスを抜き、点滴をしていただいて
「このまますぐにいつもの病院に行ってくださいね」と言われました。

その時点で私は深刻さが分からず、胃拡張っていっぱい食べて胃が大きくなっちゃった人のことだなあ~~空気が抜けて良かった!とほっとしていました。

いつもの病院でも、能天気に
「先生、私去年の膵炎かと思って、すごくびっくりしました~~」と言ったとたん
「こちらの方がずっと重篤です」って。

高齢犬の胃拡張は、胃腸がまったく動かなくなっていることで、即命に係わると。

あの時、救急病院に行ったのは正しかった!
2,3時間で命を奪われることもあるそうです。
また、レントゲンの所見で肺にも白い影があって、多分吐いたものを誤嚥したことによる肺炎だろうとのこと。

すぐに酸素室に入れられました。
点滴をしてそこにもすごい数の薬を入れられて。

「もしかしたら、酸素室から出ることができないかもしれません」と言われ
「もう助からないのなら、私は家で看取りたいから、このまま連れて帰ります!!」と言っちゃいました。
今時点で、もうパニック、だだ涙です。

「とにかく今は処置をすることが一番です」
「あまり悲観的にならなくてもいいですか?」
「いいえ、覚悟だけはしてください」

車を置きに家に帰り、すぐ病院に戻りました。
酸素室の前に椅子を置いていただいて、午前中ずっといました。
もう、泣けて泣けて。

昼休みになって、クーも良く眠っていたので、一度家に帰り、母や友達、夫に電話をして泣くだけ泣きました。

でも、1年前、クーにも3か月時間を欲しいとお願いしたことを、マイも神様も守ってくださった。
その4倍の時間を私とクーにくれました。
この1年間、もうクーと私はべったべたでした。
最低限の外出しかせず、いつもいつもくっついていました。

クーは15歳だし、沢山の病気も持っている。
苦しいことも嫌なことももう十分にやってきた。
もし、今回は山を越えられても、またこういうことが起きるのは自明の理。

それなら、覚悟を決めよう。
ただ、最後のクーの顔があの苦しそうな顔なのは嫌だ。
もう一度でいいから、クーのいつもの顔が見たい。
それができたら、私は心を決めよう。

そう思うと、すっと心が落ち着きました。

午後の診察時間の前にまた病院へ行きました。
クーはずっと寝ていたけれど、むくっと起きようとしました。
でも、足がふらついてこてん、こてんと転びます。
あっちでこてん、こっちでこてん。
でも、クーは自分の足で歩いていました。
「きゃん!」と文句も言いました。

中でおしっこをして、シートを代えてもらう間、抱っこもできました。

これで、私はあの苦しい顔を忘れられる。

夕方とってもらったレントゲンでは、腸にたまっていたガスが抜けたのは、薬が効いた証拠だから良いこと。
また、肺の影が薄くなってきている。

ただ、新しいガスが胃にたまってきている・・・これは良くないこと。

胃のガスをまた針で抜いてもらって、今日から入院です(とりあえず、肺の状態が良くならないと酸素室から出られないし)。

まだまだ予断は許さないし、急変することも大いにありうるそうです。

だから、今家にいてもいつ電話が鳴るか、はらはらしています。

クーは小さな体で頑張ってます。
だから、私も、必ずもう一度家に連れて帰ることを信じて頑張ります。

明日は少しでも良いご報告ができることを期待して・・・

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