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2015年3月

元気です!

フランスでのドイツ機の墜落事故・・・
どうも副操縦士が意図的に飛行機を落としたらしいって・・・
そうだとしたら、前代未聞の事故・・・
まだ、28歳の若さの副操縦士になにがあったんだろうか。

私は日常をすっかり取り戻しました。
月曜日は、ワンコお友達のサラさんが遊びにきてくださったんだ~~

月曜日はクーがシャンプーカットだったので、獣医さんの近くのお蕎麦屋さんでランチ。
ここのお蕎麦、この界隈では一番おいしいな!

そのままクーを迎えに行って、我が家へ。
クーはシャンプー疲れで寝てばっかりだったけど、すごく可愛がっていただいたし、おしゃべり、とっても楽しかったです!
ありがとうございました。

ふわふわになったクーはすごくかわいいです。


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こんなになってねんねしています。
手枕?が可愛いlovely

水曜日は、日本語が休みだったので、JR病院へご挨拶に行きました。
ホスピスで撮ったおじの満面の笑顔の写真をお見せすると、ソーシャルワーカーさんや病棟の看護師さん、主治医のドクター、とても喜んでくださいました。

ここの病院のご縁でホスピスに転院できました。
本当に感謝しています。

せっかく新宿に来たので、伊勢丹でやっている「京都展」に行き、ナカムラポートリーさんでお買い物です。
ナカポのママさんとも久しぶりにお会いできてうれしかったです。
五六ミンチ、鴨、胸肉、中ひね、レバーを買って大満足で帰宅しました。

おお、そうだ!
火曜日の朝からPCのマウスの調子が悪かったんです。
全く反応しない!!
10回くらい立ち上げてやっとマウスが動くようになったのだけど、電源を落とすとまた同じことに。
PCの先生にお電話すると、ワイヤレスマイクがもう寿命なのでしょうとのことで、有線のマウスに交換しました。
もともと、ワイヤレスあまり好きじゃなかったの・・・

今は、無事に動いています。

今日は、ずっと行けていなかった大森の整体に行き、がちがちだった体が随分楽になりました。

昨日も今日もお天気が良くて穏やかな午後、クーを連れて近くの公園にお散歩。
池にはオタマジャクシがうようよいましたwobbly
子供たちが沢山採っていたけど、家にあんなに沢山持って帰ったらお母さんに怒られると思うぞpout
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月曜日の晩御飯です。あおさ入り湯豆腐。焼きそら豆(そら豆は茹でるより焼く方が好きだな)。春菊のナムル。にら納豆。新玉ねぎと豚肉のサラダ。

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昨日の晩御飯です。棒餃子(皮に包むのがめんどくさいとき、これ簡単でいいです!皮より具を沢山食べられます。ちゃんと焦げ目もついてるよ)。湯豆腐の残りでお味噌汁。もずく酢。豆苗の胡麻和え。五六ミンチのユッケ。私だけレバ刺し(ナカポさんのレバーは切ってもまったく血が出ず、ぷりぷりです)
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今晩の晩御飯です。オムレツ(ひき肉、玉ねぎ、キノコを入れた昔ながらのオムレツ)。千切りキャベツ(夫は市販のドレッシングで、私は自家製ドレッシングでモリモリ食べました)。かぶ、カリフラワー、玉ねぎのポタージュ。

お料理は息子がいたときに比べ、二品位少ないけれどbleah作ってます。

ただ、風邪のあと、味覚が変わったのか、オニオンスライスや、生のおねぎが食べられません。
月曜日の豚肉のサラダも私は肉だけを拾って食べてました。

家でおうどんを作っても、とろろ昆布と梅干だけ、納豆にも生卵もねぎもパス・・・
とっても好きだったのにな。

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ホスピスで見送る・・と言うことです。

伯父は2月19日に入院し、3月15日に昇天しました。

ホスピスと言うところ。
末期がん(AIDSもOKというところもあります)の患者が入院し、苦痛を取り除く以外の処置はせず、穏やかに死を迎える場所です。

病室はいつも音楽とアロマで静かでゆっくりした空気が流れる場所でした。
常に看護師さんがのぞきに来てくださってお声をかけてくれました。
お食事もとても美味しそうでした。

伯父は3月1日が85歳の誕生日で、再発以来「誕生日が迎えられるかなあ」とよく言っていました。
JR病院でも、それは難しいかもしれない・・・と言われていたのですが、なんと二週間も85歳を過ごすことができました。

お誕生日には、看護師さん全員に囲まれて、最高の笑顔で両手Pサイン!
素敵な寄せ書きの色紙を頂きました。

おひな祭りには、ホスピス病棟のサロンに飾った豪華なお暇様の前で、またまた満面の笑顔!
お昼ご飯にはてまり寿司もついたそうです。

亡くなる前日、従兄弟と私と母、そして大阪から従姉妹も来てくれて、長い時間病室で過ごしました。
伯父は痛み止めの薬のせいで、意識はなかったけれど、気持ちよさそうに寝ていました。

亡くなった日は、だれも立ち会えなかったけれど、少し遅れて到着した従姉妹、母、私で、伯父をお風呂に入れました。
気持ちよさそうに湯船に入れていただいた伯父の顔をガーゼできれいに拭きました。

病室でスーツに着替えさせてもらい、みんなでお化粧をしました。

斎場の都合で、三日、置いていただくことになったのだけど、病室で寝かせていただきました。

なにもかもが父の時とは違い、私はちょっと苦しかったです。
父の時は、ドクターも看護師さんもバタバタいつも忙しそうで、話を聞くにも追っかけて白衣の裾をつかんで(ちょっとオーバーだけど)立ち止まってもらうような状態でした。

「もう助からないのなら、鎮静剤で眠らせてほしい」と頼んでも
「私たちは元気にしてお返しするために頑張ってます」と言われ、譫妄で暴れると手足を縛られ・・・
身体が受け付けない点滴を、手がだめなら足、足がだめなら手にされて、体中紫色でした。

父は延命はしてほしくない、苦痛だけを取り除いてほしいとずっとずっとドクターにも頼んでいました(書面でも)

亡くなる日も、夜中の12時ごろ電話で私が行き、あっというまの臨終でした。
それからは、もぉばたばたばたばた。
部屋から出され、処置の終わった父のところに帰るや否や台車が持ってこられて、荷物を全部片付けてくださいって。

12時過ぎているのだから、今日の分の個室料金は払ってるわけで、こんなに追い出さなても良いじゃない・・ねえ。

父の遺体は、形だけ霊安室に入れられ、ドクターが拝んでくれると同時に葬儀会社の車が来て葬儀場に運ばれました。

それに比べ、伯父は、なんと穏やかな最期だったことか。
患者にも家族にも静かな暖かい時間が流れていました。
最後まで人間としての尊厳を失うことなく、最高の看取りができました。


最期の日、私は納棺には間に合わなかったのですが、最後まで病室におり、出棺の一時間前に霊安室で納棺されたそうです。

出発の時は病棟の全看護師さん、ドクターが来てくださり、お花を入れて、チャプレンのお祈りがありました。
私の大好きな聖書「コレヘトの言葉」を読んでいただき、全員が伯父の霊柩車を見送ってくださいました。

従兄弟も、母も私も、従姉妹も・・・従兄弟の元嫁も、みんな「亡くなるときはここがいい!」って(笑)

今のところホスピスは末期がん患者が対象だから、肺炎の父には使えない施設です。
また、圧倒的に数が足りないため、待ち時間も長いです。
値段も・・・
最後の2週間は無料の個室に入れていただきましたが。

最初の印象はなんだかなあ・・・でしたが、多分こういう死を迎える覚悟を試されたのでしょう・・・と思うことにしました。

これで、去年の10月からかかわってきた伯父のことはすべて終了です。

われながら頑張った!

体調もようやく元に戻りました。
おまけのようですが、クーもちょっとお腹を壊して心配したことはありましたが、元気で機嫌よくしています。
本当に料理をしなかったけど、理解ある夫のおかげで、二人で近所のお店にちょこちょこ食べに行っています。
安くて気軽に入れる美味しいお店が歩いて数分のところにあることに改めて感謝!

やっと息子がいない、伯父のことを考えなくてもいい自由な時間が来たんだ~~!!
先ずは家をきれいにして、美味しものを作ろう。

そして、私も遊びたい!
どうぞ誘ってやってくださいませ。



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忘備録

すっごく長く放置してしまいました。
あまりに開いてしまったので、忘備録として思い出しながら書いて行こうと思います。
以前書いたことや、つぶやきなどとダブってしまうかもしれませんが、お許しください。

2月の最後の二週間、仕事で「無料体験」でした。
10人以上のおちびちゃんが来てくれて、うれしい悲鳴です。
でも、5時間たちっぱなし中腰はかなり体にこたえました。
息子の準備をしながら、どこかに心を置いてきたような超多忙の毎日でしたが、息子の英検一級の一次試験合格が発表されました。
一級はかなり苦戦していたので、本当に嬉しかったです。(後日二次試験も合格しました)

息子は2月28日、めちゃ暑い空港にフーフーいい、初めての一人旅の緊張感、沢山の荷物・・・にぶ~~~っとしながら、あとを振り返ることもなく無事?出国していきました。
最後に声をかけた母には、後ろ向きで手を挙げて(笑)

このあたりから、少しずつ咳は出ていたのですが、息子を送り出した次の日から、何年振りか39度越えの発熱と、すごい咳で、廃人と化していましたbearing

日曜日からは家をきれいにして、いろんなことをしようと思ったものの、日曜日に起きると、異常に頭と体が痛い・・・咳もどんどん出て来るし。
午後には37・8度、夜は38.8度にまで熱が上がりました。

体中が痛くて、悶絶です・・・

月曜日も夜になると9度越え。
でも、火曜日はどうしても仕事が休めません(無料体験に来てくれた沢山のちびっこが入会してくれたので)。
とても教案を作れる状況ではなかったので、日本語はお休みを頂くことにし、水曜日に医者に行きました。
幸いインフルエンザではなく、気管支炎と喘息が起きているとのこと。
木は一日中寝て過ごしました。
熱はだいぶ落ち着いてきたのですが、一言発すると誘発されてすごい咳・・・
金曜日も同じような感じで仕事をし、やっと週末・・・のはずが、前からお願いしていた庭のウッドデッキの新築工事でした。
うちの庭は、家の中からしか出入りできません。
なので家をずっと人がいる状態で、以前から知っているとってもいい業者さんだけど、横になるわけにもいかず、ちょっとしんどかった・・・(とはいってもメインは金曜日だったので、私は仕事に行き母に留守番を頼みました)

でも新しい庭は最高に気持ちがよくなりました!!

そして、同時に伯父のホスピスから電話があり、おじが最後の状態であることを告げられました。
最後の看取りのことや葬儀のことで話があるからと言われ、日曜日母と従兄弟とホスピスに行きました。

このホスピスは本当に良いところでした。(いろいろあったことはもう忘れよう←しつこいcoldsweats01

3月1日が伯父の誕生日だったのですが、母が3日に行ったところ、看護師さんがみんなで叔父を囲んで「お誕生日おめでとう」のくす玉を割り、叔父はピースをして笑って映っている写真を見せてもらったり、看護師さん全員からのメッセージを書いた色紙を見せてもらったり・・・
3日のお昼は、てまり寿司が出たんですって。
午後はティールームに移動して(叔父はベッドごと)、お茶をいただいたそうです。
私も写真を見たのですが、お雛様の前でにっこり笑った伯父、今までのどの写真より嬉しそうだったよ。

叔父は今、痛みのコントロールの注射のため、ずっと寝ています。
葬儀はせず、ここで納棺していただいて、直接斎場に行き、お骨にして従兄弟が自宅に持って帰る形をとります。
お別れをしたい人は、ホスピスの栄光館か、斎場で。

いつになるかは不明だけど、もう「一日単位で」と言われています。

ともあれ、この10日以上、全く食欲がありません・・・
ふだんは年に一度か二度しか飲まないジュースだけが頼りです。
よってお台所を使ったのはクーのチキンを茹でるだけ。
夫には適当に外で食べてもらったり、買って来てもらったりしています。
私もお寿司を数個と、カップうどんを一つ食べるのが精いっぱいでした。
やっとおとといあたりから、なんとなくたべよっかなという気持ちになりました。
ちょっと痩せて嬉しい!のですが、多分あっという間に戻ることでしょう。

息子がいなくなったら寂しいだろうな・・・という気持ちも「息子がいないってこんなに楽なんだ」と大きく変化(笑)

時々息子とスカイプをし、緊張しながらも張り切っている姿が見られて嬉しいです。

まだ、体調いまいちですが、早く元気になって、お料理もしたい、美味しいものも食べたいです。
だらだらと長文、失礼いたしました

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風邪をひきました。

息子は無事にフィラデルフィアに到着したものの、ロストラゲッジで、まず最初の困難にぶつかってしまいました。

まあそれも解決し、時々スカイプで話していますが、機嫌良さそうにしています。

もう一泊ホテルに泊まり、3日から寮に入るそうです。

食事は、レストランだと高いからホテルの売店で買って食べてるって。

ホッとしたおかげか、酷い風邪をひきました。久々に39度越えの発熱と頭痛、体がバラバラになりそうな咳・・・

今日は獣医さんもネイルもキャンセルして一日寝ています。

母に「食欲がなくて・・・」というと「あんた太ってるんだから2,3日食べなくても平気よ!」だって。まったく憎たらしいばあさんだこと。

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